淡い初恋を思い出して

恋愛ものの漫画を読んでいると、昔のことを思い出します。
誰かに恋をしたのは、かなり昔かもしれません。
最後に誰を好きになったのかもイマイチ覚えていません。
ですが、初恋ははっきりと覚えています。
小学校5年生のとき、一緒のクラスになった男の子を好きになりました。
最初の席が近く、なんとなく仲良くなったのですが、いつの間にか好きになっていました。
気さくだし、頭もいいし、運動も出来るしで、彼は物凄くモテていました。
彼とは席が近いことが多く、彼のことが好きな女子からは羨ましいと言われていました。
私は確かに彼のことが好きでしたが、だからといって彼と付き合いたいという感情は全く芽生えませんでした。
毎日見かけたり話したり出来れば、別にそれで良かったのです。
今思えば、それが本当に恋だったのかも怪しい気がしますが、私にとっては本当に楽しかったひと時でした。
向こうは何故か中学年あたりから私のことを知っていたらしいのですが、私は全く知りませんでした。
なんだか少し申し訳なかったです。
なんで知っていたのかは、教えてもらえませんでした。
彼とは中学に入ってクラスが一緒になることはなく、話さないまま卒業しました。
中学の卒業式のとき、彼がボタンもバッジもネクタイも持っていかれたのを見て、モテすぎだろと思ったのも良い思い出です。

彼とは、私の通っている高校の文化祭で再会したのですが、世間話をしただけでした。
昔好きだったんだよぐらい言ってもよかったかなと思っています。


そのままの自分を受け入れられるということ

精神的に疲れやすい人は、自分の行いを正しい、間違っていると二分して決めてしまう性格の人が多いそうです。
というか、「自分は他の人二分比べて劣っているから、
まだまだ頑張りが足りない、もっと頑張らないと」と思う人が、そういう疲れを感じやすいのだそうです。

 

私自身もそういう発想になりがちな性格なので、よくわかるのです。
人に見られているときには、常に完璧な自分でいたくて、そのために自分の感情に嘘をついてしまったり、
自分にできないキャパの仕事を引き受けたりしてしまうのです。
だから、家にいるときはその反動で、どっと疲れが出てしまい、再び外に出るのがつらく感じてしまうのです。

 

家から出れない自分に対しても、「なんで家から出れないんだ、ダメな自分だ、まだまだ努力が足りない」
などと落ち込むようなことを考えてしまい、悪循環にはまってしまいます。

 

しかし、私のような発想の人、つまりは自分に「まだまだ頑張らないと」と追い込んでしまうタイプの人こそ、
「頑張らなくていい」「もう十分頑張っている」「なるようになるさ」と考えるほうがよいのです。

 

言い方を変えると、完璧でない、スキだらけの自分を相手に見せれる勇気が必要なのです。
回りの人は、ありのままのあなたを見ても、それほどがっかりはしません。むしろ、スキだらけのほうが好印象なのです。

 

完璧すぎる人の前では、人は緊張し、疲れてしまいますよ。

 

私は、ある時から自分の足りない部分や「だめだなぁ」と言われたり、
もしくは自分でそう思ったりしてしまう部分を、自分の個性だと思うようにしています。

 

そしたら、少しだけ気が楽になって、それまで抱え込んでいたものの幾つかが無くなりました。

 

そのままの自分を受け入れられるということは難しいけど、素敵なことなのですね。


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